社会福祉実践研究(令和2年度)
調査観察研究を行う大学院生のための福祉分野臨床事例研究のガイドライン教育プログラム
研究代表者氏名
社会福祉学部 教授 後藤 隆
研究課題
調査観察研究を行う大学院生のための福祉分野臨床事例研究のガイドライン教育プログラム
研究結果の概要
「2019紀要研究報告」では、まず、「調査観察研究を行う大学院生」の「福祉分野臨床事例研究」がその構成形態として「複数要因の積集合」という特徴を有し、それがゆえに、「頻度論的アプローチ」にのらない、small N observation casesを分析対象とする場合が少なくないことを指摘した。頻度論的アプローチによるデータ解析は、調査研究を行う学生にとって理解が必須な事項ではある。しかし一方、いま、学生の目の前に存在する上記特徴を持った困難な事例について、事例が多くなるまで手を付けられないのではないか、たとえ多くの事例が集められたとしても無作為抽出によるデータとみなすことは難しいのではないか、という不適合感を感じさせるものでもある。故に、small N observation casesについて、「1つの事例内の複雑性を適切に扱うのと同時に、体系的な事例間の比較を可能にする」べく、「事例を配置構成(configuration)に変換する」アイディア、或いは、有意抽出である少数事例から客観的に情報を引き出すためのアイディアが必要とされている。つまり、① 同じ方法を採れば誰もが同じ解析結果が得られ、しかも、② 解析目的が同一であれば、採用した方法に依って解析結果が定性的に異ならない頑健なものとなる、そのような解析方法、或いは複数の解析方法が求められているのである。
研究成果の活用・提供予定
2020年度共同研究成果については、既に本学社会福祉学研究科大学院の調査データ分析関連講義等での教材とするとともに、研究報告として、『日本社会事業大学研究紀要』第68集に掲載の予定である。
研究成果物
日本社会事業大学研究紀要第68集 2020年度福祉領域教授技法・教材研究開発事業「調査観察研究を行う大学生のための福祉分野臨床事例研究のガイドライン教育プログラム」
介護福祉士・社会福祉士のダブルライセンスの意義と教育のあり方
-介護老人福祉施設の福祉専門職に対する質問紙調査-
研究代表者氏名
社会福祉学部 教授 森 千佐子
研究課題
介護福祉士・社会福祉士のダブルライセンスの意義と教育のあり方
-介護老人福祉施設の福祉専門職に対する質問紙調査-
研究結果の概要
【研究目的】
本研究の目的は、①介護福祉実践の場において、介護福祉士と社会福祉士のダブルライセンスが役立っている内容を整理することで、ダブルライセンスの意義や価値を明らかにし、②活かされている知識・技術、必要とされている知識・技術から、今後のダブルライセンス取得に向けた教育のあり方について検討することである。
【研究方法】
東京都内の全介護老人福祉施設(563施設)に従事する介護福祉職または相談職のうち、介護福祉士と社会福祉士のダブルライセンスを有する職員を対象に、郵送法による無記名自記式アンケート調査を行った。調査期間は2021年4月中旬~4月末日である。
質問内容は対象者の属性、資格取得方法、実践に関すること等である。実践については、利用者支援に必要な知識・技術の修得や役割遂行等の50項目について、「全くあてはまらない」~「非常にあてはまる」の5件法で回答を求めた。属性、資格や実践に関する選択肢は単純集計を行い、自由記述に関しては、質的分析を行った。なお、本研究は日本社会事業大学社会事業研究所研究倫理委員会の承認を得たうえで実施した(承認番号20-1101)。
【結果】
回収数は、4月26日現在で14通である。
対象者の年齢は24歳~52歳で、男性6名、女性8名であった。職種や資格取得については表1に示す。
ダブルライセンス取得の動機について、介護福祉士を先に取得した人は、ケアマネジャーの資格取得や異動をきっかけに「知識・技術の必要性を感じた」(3名)と答え、他「相談職に関心があった」(3名)、「キャリアアップのため」(2名)、権利擁護などの「知識不足を感じた」(2名)と回答した。社会福祉士を先に取得した人は、「家族の相談に対応するためには、介護の知識・技術が必要」(2名)、「勤務年数が経過し取得できるようになった」(1名)であった。
ダブルライセンスを取得してよかったことでは、相談職は、介護技術や認知症高齢者への対応の理解が「利用者対応に役立っている」(5名)、家族の状況がわかり具体的に助言できるなど「家族支援に役立っている」(4名)、「アセスメントや根拠ある支援に役立っている」(3名)、「両資格の専門性の発揮」(1名)、「他職と連携しやすい」(1名)と回答した。介護福祉職は、「給与に反映」(2名)、「職場の幅広い選択」(1名)、「他職に移る際の証となる」(1名)であった。
実践に関する50項目のうち、「自己の専門性を発揮できている」及び「さらに修得すべき知識・技術がある」について、12名が「ややあてはまる」または「非常にあてはまる」と回答した。一方、「利用者に適したレクリエーションプログラム等を企画・運営(提供)できる」「食事療法など栄養管理に関する十分な知識がある」「グリーフケアに関する十分な知識・技術がある」については、「ややあてはまる」または「非常にあてはまる」と回答した人は半数以下であった。
【研究成果及びその利用上の効果】
両職種とも、各資格の基礎となる知識・技術の必要性を感じたことが、ダブルライセンスの取得につながっていた。相談職にとっては、介護福祉の知識・技術が利用者や家族の支援に役立っており、具体的な支援方法を修得することの重要性が示唆された。一方で介護福祉職については、社会福祉士としての知識・技術がどのように役立っているのかを見出すことはできなかった。実践にあたっては専門性を発揮しているものの、十分であるとは評価していない知識や技術があり、さらに修得すべきものがあると考えていることがわかった。
今後、回収したデータを追加し、ダブルライセンスの意義や価値について明らかにすることで、効果的な教育内容について検討するとともに、ダブルライセンスを目指す学生の動機づけにつなげたい。
研究成果の活用・提供予定
- 第21回人間福祉学会大会にて発表
- 人間福祉学会誌に投稿
介護ロボットの利用者及びサービス提供者双方のニーズに関する研究
―在宅サービス利用者の現状―
研究代表者氏名
社会福祉学部 教授 壬生 尚美
研究課題
介護ロボットの利用者及びサービス提供者双方のニーズに関する研究
―在宅サービス利用者の現状―
研究結果の概要
【研究目的】
本研究課題は、介護現場の導入条件およびその問題点の構造を明らかにし、利用者とサービス提供者双方のニーズを把握することによって、今後の有用性がある新たなロボット導入に向けた発想・工夫を探り、介護ロボットの導入・システム活用に向けて検討することにある。2020年度は在宅生活における介護ロボット利用状況につて調査した。また、移乗・移動支援型ロボット(マッスルスーツ)の有効性を検討した。
【研究方法】
- 在宅における介護ロボットの利用状況(郵送調査)
東京都内訪問介護事業所の管理者宛に郵送調査を実施した。選定にあたっては、「東京都介護事業所・生活情報関連検索」1)から、登録利用者数が40名以上の1,167件に郵送調査をした。調査時期は、2021年2月1日~2月28日までとし、無記名自記式アンケート調査とした。調査内容は、訪問介護事業所の概要、訪問宅における介護ロボットの導入の使用状況について,登録利用者で「介護ロボットを利用している人は、どのような利用者で、どのような場面で使用しているか」などである。分析方法は、訪問介護事業所の概要、利用者の実態等に関しては単純集計を行った。
日本社会事業大学社会事業研究所研究倫理委員会による審査(20-0901)を受けて実施した。 - 移乗・移動支援型ロボット:マッスルスーツ
マッスルスーツを購入し、2021年3月10日に業者とオンラインでつなぎ説明を受け試行会を開催した。
結果
- 在宅における介護ロボットの利用状況(郵送調査)
東京都内訪問介護事業所134通の回答があった(回収率11.7%)事業所の所在地は18区21市となっていた。厚生労働省が示す介護ロボットの6分野の認知度については、ほとんどの介護ロボットは使用したことがなく、よく知らないと答える管理者も多かった。コミュニケーションロボット、入浴支援については、やや使用したことがある事業所もあった。
・介護ロボットを利用している利用者は9件あった。 - 移乗・移動支援型ロボット:マッスルスーツ
「装着の有無によって全然腰部の負担が違う」「あまり変わらない」「見た目はどうか」など様々な意見がだされた。
【研究成果及びその利用上の効果】
在宅における介護ロボットの実態については、介護労働安定センターの訪問系の実態調査2)と同様、それほど実用化されていない状況にあった。介護ロボットの認知度も低く、在宅の適用については課題がある。介護ロボットは、個々の利用者・介護者の状態・状況に応じて用いることが重要のため、在宅においては有用であると考える。しかしながら、先行調査からも在宅での介護ロボットの実態についてはほとんど明らかにされていない。今後は、更に在宅における現状を把握し、実際に試行しながら介護ロボットの有効利用を検討する。
研究成果の活用・提供予定
- 2021年度日本老年社会科学会第62回大会ポスター発表(6月12日~27日WEB配信)「在宅における介護ロボット導入の現状と課題ー訪問介護事業所への郵送調査からー」
- 2021年社会福祉研究大会(6月27日) 「介護老人福祉施設や在宅における介護ロボットの利用状況とマッスルスーツの有効性」
人権教育を主題とする教養教育の教材・教授法開発
研究代表者氏名
社会福祉学部 准教授 相原 朋枝
研究課題
人権教育を主題とする教養教育の教材・教授法開発
研究結果の概要
- 昨年度に引き続き、共同研究者各自の専門分野に合わせた人権を主題とする教材(主に教養基礎演習の授業における副読本を想定したもの)作成を目的とした研究活動と並行して、初年次教育に関わる内外の大学の教材や参考文献の収集と分析を行なった。
- 昨年度に引き続き、これまで教員からの「推薦図書」として情報提供に留めていた各分野の推薦書を精選・購入し、「教養文庫」として学生への貸し出しを行うための準備を進めた。
研究成果の活用・提供予定
本課題は初年次教育の全体を包摂する課題である。2020年度は新型コロナ感染症の感染拡大の影響により授業が全面的にオンラインに切り替わり、初年次教育のみならず大学教育全体が大きな転換期を迎えた。これを受け、教材は当初予定していた副読本ではなく、ICTを活用した指導の一環としてオンライン上での学生への公開を予定している。
子ども家庭支援コミュニティの形成と維持に関する研究
研究代表者氏名
社会福祉学部 教授 藤岡 孝志
研究課題
子ども家庭支援コミュニティの形成と維持に関する研究
研究結果の概要
本研究の目的は、相対的な貧困と絶対的な貧困の関係性を超えて、貧困に向き合う際の「子ども家庭支援コミュニティ」の理論的事例的検討を行い、グローバルな観点からの貧困対策の一方略の構築を目指すことである。その目的のために、貧困家庭支援におけるソーシャルワーク実践活動についての各国に固有な課題とグローバルな課題を整理し、「子どもの貧困」ソーシャルワークという新たな支援技術、および理論的な背景の再構築を検討する。
子どもの貧困には、経済的な生活困窮、将来の見通しの持てなさや貧困の連鎖、「子どもの権利」侵害、社会的排除など多くの課題が複合的に関連している。日本という枠組みを離れ、アジア各国の貧困対策政策、および貧困対策のソーシャルワークを比較検討することで、今後の日本における「子どもの貧困」への新たな方向性が見いだせるものと期待される。
開発途上国を含めて大きな課題となっている「子どもの貧困」であるが、貧困の背景には、経済的困窮にとどまらず、親の精神疾患、若年妊娠、DV、ひとり親家庭など多くの課題が潜在している。また、貧困の影響として、不登校、学業不振、無気力等多くの子どもの課題が生じてくる可能性は否定できない。このように、子どもの貧困は多様な課題を有している。また、専門機関の連携といっても、個人情報の共有、情報共有のアップデートの仕組みづくりの難しさ、専門家間の見立ての共有などハードルは高い。
そういう中にあって、多様なニーズを汲み上げ、課題の多面性、重層性に直接アプローチができるのが、「子どもの居場所」づくりである。日本だけにとどまらず、地域での支援を多義的重層的に行っているアジア地域における子どもの居場所(ここでは、「子ども家庭支援コミュニティ」と位置付ける)の形成過程と維持について検討することは、このような「子どもの居場所」を構築・維持するうえで、有益であると考えられる。特に、2020年度は、コロナ禍の状況下、子どもや家庭、地域を取り巻く状況も大きく変化した。このようなコロナ禍の影響も、2020年度の状況を記録にとどめるためにも重要な面接となることが期待される。このコロナ禍の状況下、「新しい日常」における「子ども家庭支援コミュニティ」のあり方を検討するために、コロナ禍の前後での子ども家庭支援コミュニティの変化についても面接で調査を行なった。
本研究では当初7か国での調査を予定していたが、調査期間が限られている中にあって、多くの方々のご協力・ご尽力のもと、ヴェトナム、スリランカ、インドネシア、インド、韓国の5か国への調査を完了した。コロナ禍での状況下、共同研究の年度期間中、タイ、マレーシアについては調査を行うことができなかった。方法は、ヴェトナム、スリランカ、インド、韓国の4か国については、Zoomでの面接調査を実施し、インドネシアについては、Zoomでの調査を予定していたが、先方の都合で、急遽質問紙への記入という形をとった。
子どもの貧困が課題となっている地域に対する支援を行っている専門家にインタビュー調査を実施し、各国における「子どもの貧困」の実態及びその地域に対するソーシャルワーク実践(グッドプラクティス)、コロナ禍の影響を明らかにした。
その結果、コロナ禍の前後にあって、「子ども家庭支援コミュニティ」は、非常に重要であり、親の就労支援、家族の経済的な支援、子どもの不登校状況への支援など、それぞれが重層的に関連しあっており、日常的にコミュニティを形成しておくことで、福祉サービスが、各家庭及び児童へと届きやすいことが指摘された。さらに、各国で共通して語られたこととして、家庭におけるDVの増加であった。これは、日本でもすでに報告されているが、アジア各国でも同様の状況であることが示唆された。貧困地域の子どもたちが置かれている状況と支援の状況については、社会サービスへのアクセスが難しいこと、あるいはアクセスできないことが課題となっていた。また、親が教育に関心を持っていないことから、子どもたちは勉強に興味をもてないでいることも指摘された。また、農村部の貧困地域では、親が子どもを学校に行かせることに不安を感じているという点であった。子どもたちは20-30キロという遠い距離を通学しなければならない。しかも交通手段は貧弱で、公共バスが走っていない地域もある。交通手段がないため教育をストップせざるを得ないという。都市部については、貧困地域はスラム地区にある。社会サービスにはアクセスできるものの、アクセス以外の問題が多く存在している。例えば住まい維持、子どもたちの保護がなされていない状況、疾病、薬物依存が極めて深刻な問題である。各国は、COVID-19で長期間ロックダウンにあった。このような状況下では、特に障がいのある子どもや慢性疾患を持つ子ども、本人または親が精神精神的な疾患を持つ子どもたち、移民の親や働く親を持つ子ども、障がいがある親を持つ子どもたちは、このロックダウン期間中多くの問題に直面していた。薬の入手困難など健康面の問題も見られるが、特に農村部では携帯電話や通信アプリなどにアクセスできない状況にあり、接触の制限による人的な支援が困難を極める中、最新の通信機能は非常に有効であるが、それが活用されない状況も改めて認識された。他にも、気候による予測不可能の農業と食糧問題の関係、飲料及び下水の衛生問題、急速な都市化(人口移動や移住先での孤立)、カースト制度と宗教差別、児童婚や家族計画などのジェンダー問題、コロナ禍による失業や現金収入減、コロナ禍における啓発活動(社会教育)や情報提供の課題など多くのことが指摘された。
以上、「子ども家庭支援コミュニティ」として、貧困地域に焦点を当てた支援の方向性や枠組みは設定できるとしても、抱えている課題は大きく、コロナ禍の状況下、新たな課題が生じている実態が浮き彫りになった。
研究成果の活用・提供予定
子どもの貧困には、経済的な生活困窮にとどまらず、将来の見通しの持てなさや貧困の連鎖、「子どもの権利」侵害、社会的排除、子どもにとっての幸せとは何かなど多くの課題が複合的に関連していることが示唆された。今後も、日本という枠組みを離れ、アジア各国の貧困対策政策、および貧困対策のソーシャルワークを比較検討することで、今後の日本及びアジアにおける「子どもの貧困」への新たな方向性が見いだすよう検討を加えていく。なお、この研究については、ショート版の報告書(A4、5ページ程度)のほかに、英語・日本語を併用した報告書の作成も予定している。