02児童虐待を未然に防ぐために必要な支援とは?
解に挑む研究者
宇野 耕司准教授
社会福祉学部 福祉援助学科
- Profile
- 児童養護施設等での実務を経験した後、2013年、本学大学院博士後期課程修了。博士(社会福祉学)。目白大学准教授を経て、2023年から日本社会事業大社会福祉学部准教授。専門分野は児童虐待、養育者支援プログラム、支援者支援(児童福祉施設職員等)他。
「児童虐待」は、当事者だけでなく社会の一員である全ての人の問題である。誰一人取り残さない世界の実現に向けて、児童虐待を防ぐためにできることは何か。児童虐待の原因を探究し、より適切な支援のプログラムを開発・実践する宇野准教授の研究をご紹介します。
#児童虐待#新米ママ#オレンジリボン運動#支援者支援
SDGsアクション
児童虐待は
私たち一人ひとりの問題
2023年9月にこども家庭庁が公表したところによると、令和4年度の児童相談所による児童虐待相談対応件数は21万9,170件で、前年度より11,510件(+5.5%)増え、過去最多を更新しています。
この数字を見てわかる通り児童虐待は、私たちが過ごす日常生活の中の身近なこととして認識されています。相談対応する中で、心身を傷つけられている子ども達が見つかっています。私たちはこのような社会に暮らしているわけです。では、児童虐待が起きる原因とは何なのでしょうか。
児童虐待を考える上でまず押さえておきたいのが、この問題が当事者だけで生じている他人事ではないということです。例えば、家庭内で生じている親から子どもへの虐待があるとして、それは単純に家庭内だけに原因があるわけではありません。児童虐待を行う親が今までどのような環境で過ごしてきたのか、その環境は社会によってどのようにもたらされたのか。児童虐待の背景には社会的な要因が複雑に絡み合っていることが多くあります。
たとえば、誰にも相談できず、赤ちゃんをひとりで産み育てるのに困難を抱えている人がいます。相談相手や子育てを少しでも手伝ってくれる人がいれば、困難を緩和し、虐待にならないかもしれないのです。相談相手や子育てを手伝ってくれる人がいないのは、かつてのような子育てを助けあう親族や近所とのつきあいがなくなったからです。つきあいがなくなったことで、誰からも支援を受けられないまま、子育てに疲弊し、悩み、苦しむ状況が生まれています。虐待をしてしまう家族の多くは「だいじょうぶ?」「手伝うよ」と気にかけてくれる人が少なく、子育てにおいて孤立していることがあります。このように気にかけてくれる存在を子育て家庭の周辺に創り出すことが求められており、その責任は社会にあると考えられています。なぜなら、時代と共に社会が変わっていくことにより、かつて身近な人々から得られていた子育てのサポートを得にくくなったからです。困難を抱えている人ほど、自らの力でサポートを得ることは難しいです。だから、子育てにおいて困難を抱えている人を社会が支援する必要があるのです。
特に死亡例が増えている乳幼児に対する虐待は、被害を受けている本人が声を上げることが難しいため、妊娠期から切れ目なく子育て家庭の孤立を防ぐ必要があります。ソーシャルワーカーをはじめとする福祉分野からの社会的支援が欠かせません。たとえ命が助かったとしても、身体に障害を負うことになったり、心的外傷後ストレス障害といった精神障害を患ったりして、長期的に、中には生涯苦しむことも考えられます。大切なのは児童虐待を未然に防ぐことであり、そのために私はさまざまな研究課題に取り組んでいます。
しつけではなく懲戒という言葉で児童虐待を考える
近年、児童虐待防止法が改正され、家庭内での体罰も児童虐待に該当するとして禁止されています。それでも、体罰による児童虐待はなくなっていないのが現状です。「しつけという名のもとで体罰が行われるのはなぜなのか」という疑問が浮かんだ私は、「保護者の懲戒権」に着目しました。懲戒とは、不正や不当な行為に対して制裁を加えて、こらしめることです。私たちの祖父母の世代に話を聞けばわかる通り、日本では長い間体罰が有効な懲戒として正当化されてきました。そのため、世代を超えて繰り返されてきた家庭内の体罰や、体罰を正当化する意識は法改正だけでは払拭できていないと考えられます。特に懲戒が子育てにおける社会文化的規範になっており、我々日本人が子育てにおける懲戒の意味を言語化できていないのではないかと考えられます。
そこで私は、保護者の懲戒にはどういう意味があるのかを明らかにするために、児童相談所職員にインタビュー調査を行いました。しつけや体罰ではなく「懲戒」という言葉を用いることで、人々がどのような意味として捉えるのか、検討しました。研究を通じて、子育てにおける懲戒には苦痛を内包していることがわかりました。したがって、「保護者の懲戒」といった言葉を使用することで、児童虐待を支援する際にはしつけという言葉ではとらえきれない苦痛付与という意味をとらえやすくできるのではないかと考えました。この結果から、児童相談所の支援のアプローチは、不適切な懲戒を行う保護者の個人史に焦点を当てたり、保護者を子どもの権利を守る社会的な存在にしたりするために親教育を行っていると指摘しました。
また、児童虐待防止の啓発運動であるオレンジリボン運動に関する研究も行っています。教育者の視点から、参加する学生に着目し、運動を通じて社会人基礎力が成長するかという点を検証しました。社会運動は、効果があったかという点に注目されがちです。この運動の効果は、児童虐待の認知度の向上などが考えられます。しかし、認知度の向上はそう簡単に目に見えるものではありません。効果があったという手ごたえがないまま運動を続けることになりがちで、運動継続のモチベーションを維持しにくいです。そこで、私はこの運動を学生の成長の場として捉えることで、新しい意義を見出せるのではないかと考えました。この研究によって、学生が自己の成長という側面から運動の手ごたえを感じてもらいたいです。私自身も学生と一緒に活動することができ、研究と実践の喜びにつながっています。
児童虐待を未然に防ぐ「新米ママ」へのアプローチ
子どもの心身が傷つかず、健やかに成長してもらいたい。そのためには児童虐待が起きてからのサポートだけでなく、未然に防ぐための予防的なアプローチも欠かせません。私は母親、とくに第一子を出産した「新米ママ」への支援に関する研究を行っています。当然のことですが、初めて子どもを持つ母親は、育児に関する不安を抱いています。育児におけるネガティブな感情は、不適切な養育、場合によっては虐待につながる可能性があります。
この問題の解決法の1つに、日本社会事業大学のある東京都清瀬市の子育て支援NPO法人ウイズアイが開発した『新米ママと赤ちゃんの会』という地域の子育て支援プログラムがあります。このプログラムは、初めて赤ちゃんを育てる母親たちがグループワークを行ってコミュニケーションを取ることで、育児不安の軽減や精神的健康の改善、さらには仲間づくりの場となることを目的に実施されています。また、同じ0歳児でも成長段階によって母親の悩みが異なるため、誕生月が同じ子どもの母親でグループを組んだり、母親同士の語りの場を保障するために安全かつ安心な別室保育を行うといった特徴があります。母親という役割を一時的に解放したり、悩みを打ち明けたりできる場を過ごすことで、預かっていた子どもと再会するときにより子どもへの愛情を強く持つことができる、そんな感想をもらう参加者の満足度は大変高いです。このプログラムを通じて出会った参加者たちは、子どもが中学生になってもお付き合いがあるなど、さまざまな成果を出せていると実感します。現在、東京都東久留米市や府中市でも開催されるなど、活動は多くの自治体から注目されています。私は今後プログラム評価の理論と方法を用いて更なる改善を目指しています。
持続可能な支援の実現に欠かせない、「支援者支援」
SDGsで謳われている、地球上の「誰一人取り残さない(leave no one behind)」ことを実現するためにも、児童虐待の支援や予防のための実践は大切です。そして持続的な支援を実現するためには、児童虐待等の支援に従事する支援者の支援も欠かせません。プロの支援者として現場を経験した人材は大変貴重で、新たに育成するには膨大な時間とコストがかかります。支援者自身の支援の質を高めながら、支援者が自分自身をすり減らすことなく長く健康的に働いてもらえるために、支援者支援の理論構築と児童相談所や児童福祉施設(乳児院、児童養護施設、児童心理治療施設、児童自立支援施設、母子生活支援施設、障害児入所施設、児童家庭支援センター、保育所、幼保連携型認定こども園など)の支援者を支援する「支援者支援コーディネーター」の養成や支援者支援の実践方法の開発などに携わっていきたいです。児童虐待を防ぐため、ひいては誰もが幸せに暮らせる社会を実現するために、いろんな側面から「解」を導き出したいと考えています。
福祉を学ぶ人へ
福祉に関心をもってくださっていることに心より感謝申し上げます。社会の役に立ちたいというその志に心より敬意を表します。社会問題への理解と客観的な対応が求められる中、専門的なスキルと共に温かさを持つ人材が必要です。福祉の実践者として、幅広い知識や技術を身につけ、どの職業に就いても、どんな立場であっても、人々の福祉に貢献することを目指してください。