03障害者雇用や地域での自立生活など、
多様な社会参加を実現するための支援のあり方とは?

解に挑む研究者

上村 勇夫准教授

社会福祉学部 福祉援助学科

Profile
小田急電鉄㈱、障害者地域作業所、ジョブコーチ等を経て、2014年日本社会事業大学大学院博士後期課程修了により博士(社会福祉学)を取得。2013年に日本社会事業大学社会福祉学部福祉援助学科社会福祉士実習教育センター教員に着任。現在准教授。原著論文「知的障害者とともに働く特例子会社の一般従業員の支援実態と困難感」が日本社会福祉学会2013年度学会賞奨励賞(論文部門)受賞。主要著書『知的障害者が長く働き続けることを可能にするソーシャルワーク:職場のソーシャルサポート機能を重視した就労・生活支援 (MINERVA社会福祉叢書)』。

多様性のある社会を実現するためには、人と人が手を取り助け合う必要があります。企業において障害のある人がともに働く機会が増えている中、「一定の配慮をすれば障害のある人も戦力になる」という考え方が広がっています。とはいえ、企業で、ともに働く人々から、どのようなサポートをすればよいかという悩みも少なからず聞かれます。障害者雇用が進む日本社会において、上記のような課題に取り組む上村先生の研究を紹介します。

#就労支援サービス#障害者福祉#労働ソーシャルワーク#見立て

SDGsアクション

障害者雇用が進む日本社会

障害のある人の多様な社会参加の実現にむかって、政府も企業も取り組んでいます。多様な社会参加とは、地域社会において自分らしく生きることを意味します。例えば、地域で自立生活したり、住民の集まりに参加する中でたくさんの交流を経験したりすることです。中でも私は、一般企業や福祉施設で障害のある人が働くことに興味を持っています。

現在、障害のある人の一般企業への就職者数は右肩上がりで年々伸びています。厚生労働省が発表した「令和5年障害者雇用状況の集計結果」によると、民間企業に雇用されている障害のある人は、64万2,178人で前年より4.6%増加し、過去最高を記録しました。

日本は「障害者雇用率制度」によって、民間企業や国・地方公共団体に一定以上の割合で障害のある人を雇用する義務が規定されています。段階的に法定雇用率は引き上げられており、2026年7月には2.5%から2.7%に引き上げられる予定です。今後も、障害のある人が企業で働く機会は増えていくでしょう。

そのような中、次の課題としては、いかに長く働き続けるか、また、いかにその人らしく充実した働き方ができるか、そしてそのためにどのような支えあいが必要かという点が重要になってきています。私は、それらの課題に焦点を当て、実践および研究をしています。

多様な社会参加の実現を目指して

現在の実践・研究活動に至ったのは、大学生の時のボランティア体験がきっかけです。重度障害のある方の在宅介助のボランティアが主な活動で、例えば、交通事故により頚髄損傷を負って首から下が動かない方とアメリカに1か月バリアフリー調査旅行に行くなど、とても学びになる体験をしました。彼は、重度障害を負っても「自分らしく生きたい」という思いから、様々なリスクを抱えながら、施設での生活ではなく、自立生活を選択したのです。積極的に社会に出て、自らの存在そのもので社会を変えていこうとする方々との出会いは、まだ社会を知らない大学生だった私にはとても刺激的で楽しかったです。そのような体験から「社会には色々な人がいたほうが面白い」と自然に思うようになり、さらには現在の研究の方向性である「多様な社会参加の実現」を目指すようになったのです。

大学卒業後は一般企業に就職しましたが、ここでの経験も障害者雇用の実践・研究に非常に役に立っています。その後、福祉を学びなおすことを決断して、日本社会事業大学に編入学し、卒業後ソーシャルワーカーとして障害福祉の現場で働きました。企業と福祉、両方の現場を経験してきた中で、「企業と福祉のかけ橋になりたい」という、生涯かけて取り組みたい夢を見つけました。また、実践経験をより深めるため大学院に通い、さらに縁あって大学の教員になり、主に社会福祉士実習の担当をする中で「福祉人材の育成に貢献したい」という夢も抱くようになりました。

私が研究上特に注目している点は、企業において普段、障害のある人と働きつつ、様々なサポートを担っている同僚(以下、「支援員」)によるサポートのあり方についてです。彼らは、本業である事業を推進しつつ、障害のある従業員の作業に関する支援、環境調整のみならず、職場外の生活における問題にも関わらざるを得ないことがあります。なぜならば、生活問題が就労継続に支障をきたすこともあるからです。そのような中、どのように関わっていいのか、どこまで関わっていいのかといった悩みを抱えつつ試行錯誤をしています。

そこで、アンケート調査を通じて支援の実態と困難感を把握しました。さらに、20年以上にわたり障害のある人が雇用され続けている事例をもとに、継続できた理由を探るためインタビューを行いました。これらの調査結果から、実証的に『知的障害者の就労継続に有効な支援モデル』をまとめ、書籍化しました。

支援に伴う困難感を分析したところ、①障害特性への対応の困難感、②生活問題への対応の困難感、③考えをそろえる困難感に分けることができました。特に②の生活問題は、就労継続の妨げとなることがあります。家庭での問題が影響して仕事に集中できなかったり、金銭問題や恋愛問題、対人関係のもつれで重大な事件に発展したり、それらが原因で就労が継続できなくなることもあります。それゆえに仕事だけでなく生活面も支援する必要があるのですが、企業が対応できる範囲は限られており、就労支援機関にいるソーシャルワーカーとの連携が必要になってきます。ソーシャルワーカーには、本人の就業状況のみならず、生活状況を踏まえた実践力が求められています。

支援のキーワードは、「見立て」力。

企業におけるサポートやソーシャルワークを研究してきて、私が大切にしてきたスタンスは、「現場に答えあり」という姿勢です。支援をする方が実際にその場で感じ、考えて臨機応変に対応してきたことの積み重ねがより良い支援につながると確信しています。私の役割は、現場の人たちが試行錯誤してきた実践を言語化しノウハウとして明らかにしていくことと考えています。

私自身も、実習生をサポートする教育現場における実践者であると認識しています。教員の立場で、実習生を約10年間、500人以上指導してきた経験の中で、私は「見立て」の重要性に着目するに至りました。例えば、実習中、実習先の利用者が、昨日は挨拶してくれたのに今日は挨拶してくれなかった、とします。その際に、なぜだろう?と疑問に感じる【①感じる】ことがスタートです。その疑問に対して自分なりに「昨日の自分の対応が悪かったのかな?それとも、昨日利用者さんが帰宅してから家庭で何かあったのかな?」など仮説を考えます【②仮説を考える】。

それを自分の中だけで終わらせるのではなく、この疑問と仮説について実習指導者に質問する【③検証する】ことが重要です。その結果、実は昨日家庭で起きたトラブルが原因で不機嫌になっていたことが判明し、その利用者や家族の状況をより理解する【④気づきを得る】ことになります。つまり、見えない背景に疑問を持ち、考え、そこで生じている問題を明らかにしていくのが「見立て」ということです。実習生だけでなく、プロにとっても、「見立て」力は支援の基礎として必要であると考えています。

私は、「見立て」の思考枠組みをわかりやすく表現するために、「4K+1K」というモデル(図参照)を構築しました。「①感じる(疑問形式で)」「②仮説を考える」「③検証する」「④気づきを得る」、そしてまた新たな疑問を感じて、仮説を考えて循環していくという「4K」(各用語の頭文字)。さらに、それらの思考プロセスに影響を与える基盤として、「価値・行動規範・知識(Knowledge)」を「+1K」として重視しています。「価値・行動規範・知識」によって、感じる疑問も考える仮説も変わってきます。また、気づきを得ることによって、「価値・行動規範・知識」をソーシャルワーカーとして豊かなものにしていくことの重要性も伝えています。

「見立て」の枠組み「4K+1K」については、学生に伝えるのみならず、各種セミナーや事業所での研修等においてもお伝えする機会が増えています。最近では、本学とニューサウスウェールズ大学との環太平洋社会福祉セミナーでの実習報告講演や、調布市人材育成センター主催の人材育成に関するセミナーでお話しする機会をいただきました。今後も、このような機会をいただきながら、「4K+1K」をより確かな知見として強化していきつつ、書籍化などにより多くの人々にお伝えしていきたいと考えています。

福祉人材の育成に貢献したい

障害のある人の多様な社会参加を実現するには、それに従事する福祉人材が不可欠です。約10年にわたる教員生活の中で関わりのあった卒業生も活躍しており、頼もしい限りです。ただ、やはり福祉の仕事は、やりがいのある反面、人との関わりの中で苦労をすることも少なからず経験します。私自身の経験や卒業生の苦労に触れる中で、支援する側のメンテナンスの重要性を強く認識するようになりました。

そのような考えのもと、「支援者相互支援」の集まり「HATA楽(はたらく)」を実施して既に8年ほど経ちました。経験年数も実践分野(高齢、障害、児童など)も様々なソーシャルワーカーが参加して、現場において壁にぶつかった事例や、チャレンジしている試みをみんなで共有しあう勉強会などを開催し、互いにヒントを持ち帰ったり、明日のパワーをもらったりするなど、私にとっても貴重な場となっています。今後の福祉人材の育成において、「支援者相互支援」は必要な事であり、その意義を社会に伝えていきたいです。

福祉を学ぶ人へ

人々の生活や人生に関わる福祉の仕事は、困難もありますが非常にクリエイティブでやりがいがあります。自分自身の人生も豊かにするこの仕事に少しでも興味がある方は、まずは実践してみてください。本格的に興味を持たれた方は、日本社会事業大学で基礎を学ぶことを検討してみてください。本学の卒業生は様々な福祉関連施設で活躍しており、素敵な出会いが待っていると思います。みなさまのお越しをお待ちしています。