04より良い福祉を実現するための教育・学習とは?

解に挑む研究者

田村 真広教授

社会福祉学部 福祉計画学科

Profile
筑波大学大学院博土課程教育学研究科単位取得退学、教育学修士。筑波大学、北海道教育大学釧路校を経て、 2001年に日本社会事業大学社会福祉学部准教授。2015年から日本社会事業大学社会福祉学部教授。専門分野は教育課程・教育方法、福祉科教育。

「ウェルビーイング=誰もがどのような状況にあってもより良く生きること」。その実現には、社会で暮らす人々が福祉サービスの在り方を常に見つめ直すとともに、一人ひとりが正しい見識を持つために「教育」と向き合うことが欠かせません。今回は福祉教育の現場で生じる多様な課題に挑む、田村先生の研究内容をご紹介します。

#気づきと探究#福祉教育#ボランティア

SDGsアクション

福祉観の変容とともに高まる福祉教育の重要性。

「福祉」と言っても、その言葉の捉え方は時代によって変化してきました。戦後の復興から高度経済成長期を経て、少子高齢化社会に突入した現在の日本において、福祉の見方「福祉観」も変容しています。もともと、「ウェルフェア=弱い立場の人を助けること」が福祉の意味の中心でした。現在では「ふくし」という言葉の頭文字をとって「ふだんのくらしのしあわせ」と紹介されることがあるように、「ウェルビーイング=誰もがどのような状況にあってもより良く生きること」という意味までも包含しています。福祉は社会的弱者の養護にとどまらず、より広範な人々の暮らしを支えるための機能として考えられるようになったのです。

私の専門分野である福祉教育の目的は、身の回りの人々や地域における福祉の課題に気づき、それを深く探究し、課題の解決方法を考えて行動する力を養うことです。誰もがより良く生きるためには福祉サービスを絶えず見直す必要があります。そのためには、福祉教育を通じて、教員だけでなく幅広い市民のエンパワメントを引き出し、気づきと探究の力を育むことが欠かせません。

情報保障やいじめなど、ウェルビーイングに直結する課題と向き合う。

私は、福祉教育の領域においてウェルビーイングを実現するための方法を模索しています。研究活動の一環で携わったのが、視覚や聴覚に障害を持つ人の情報を保障するためのプログラム開発です。「当事者に学ぶ視覚・聴覚障害者のセルフアドボカシー」という共同研究では、パソコンテイカーによる文字起こしや、手話通訳の技術など、本学で実践されてきた情報保障のさまざまな取り組みを学術的に考察しています。異なる障害を持つ人に向けた支援方法でも、知見を共有することで相互に役立つことがあるのです。例えば、聴覚障害者向けのパソコンテイカーによる文字起こしデータは、読み上げソフトによって視覚障害者への支援になります。2024年度からは、講義科目「情報アクセシビリティ論」の構築をめざして、専門的知識・技術を有する当事者や支援者、学生とともに学際的知見を集約し、人間の五感をフル活用し、ICTやAIを駆使して、クロスないしマルチアドボカシーにつながる支援方法の開発を進めています。この研究において、私が担当したのは教職課程の領域です。聴覚障害学生が教育実習に主体的に参加する方法や、合理的配慮を求める生徒に対する教育内容・方法の開発、そして教員になった後のキャリア形成について研究しています。

教育現場における課題にも取り組んでいます。子どもたちにとって、いじめはウェルビーイングを脅かす大きな問題です。そこで私は、学校でのいじめ防止を目的とした、福祉教育プログラムの開発を進めています。研究を進める上で鍵を握るのが、加害児童・被害児童のどちらでもない傍観者層です。先行研究から、傍観者層の行動によって、いじめの起こる頻度や被害の程度が変容することは知られています。この点に着目し、小・中・高等学校で起こった「いじめ重大事態」に関する調査報告書を分析。教員や保護者でさえも、傍観者から加害者になり得るという視点が重要であるとわかりました。ここから、総合的な学習(高校では「探究」)の時間を活用して、傍観者層がいじめに気づき、その芽を摘むような行動を促す教材の制作を目指しています。

これからの福祉教育を支えるために、人材育成に力を注ぐ。

教材化を目指す際に参考にしたのが、介護分野等で定着しているヒヤリハット対応事例です。事故に至りそうになったケースや、発生した事故の内容を把握して、原因や対策を考えることで、同じような状況での事故を防げます。いじめのヒヤリハットの具体例を一つ挙げると、「子どもをほめる」というものがあります。スクールカーストと呼ばれる子どもたちのヒエラルキーを教員が十分に認識できていない状態で、特定の子どもをほめたとしましょう。もし、ほめられた子どもがいじめの加害児童だった場合、教員がいじめを容認していると周囲の子どもたちが受け止め、いじめを加速させてしまう場合があります。いじめに遭っている子どもからのサインを見逃し、リーダー的な子どもをほめることが、状況によってはいじめの助長につながる。そんな事例を知っておけば、教員は子どもへの声の掛け方を注意できるでしょう。こうしたヒヤリハット対応事例を、将来的には教室だけでなく、地域や家庭でも取り扱えるようなわかりやすく汎用性の高いものにして、広く社会で使ってもらいたいと考えています。

福祉の教育現場に関する課題は、教員の養成という側面でも生じています。現在直面しているのが、高校生に対して福祉教育を行う教員の不足です。全国の大学で、高校「福祉」教職課程の閉鎖が増加していて、需要に対して志望者が少ない状況が続いています。このままでは福祉教育を維持できなくなるという喫緊の課題解決に向けて、高校の福祉教員を持続的に育成するための連携事業のあり方など、高校「福祉」教職課程の持続的な発展について研究を進めています。

全国で毎年200人程度の高校の福祉教員が誕生するのですが、日本社会事業大学ではその1割となる20人程度を毎年輩出しています。4年間、教職課程で学び続けるモチベーションの維持が鍵になります。本学での取り組みで参考となる情報を各大学に提供したり、各大学における高校「福祉」教育課程の「閉鎖」「開設」「継続」の例を収集したり、高校「福祉」免許を持って福祉現場に従事している潜在的教員のキャリアコースに焦点を当てるなど、課題の解決につながる成果を出そうと努めています。

「貧困な福祉観」を克服するために、
当事者の理解を深める。

前述の通りさまざまなテーマで研究を進めていますが、福祉教育を俯瞰したときに特に問題だと考えているのが「貧困な福祉観」の再生産です。マンネリ化した福祉教育の一環として行われる、疑似体験プログラムは最たる例でしょう。その内容は、健常者がアイマスクをつけて視覚障害者を、身体に重りを付けて高齢者を体験するというものです。

全国の学校で普及しているこれらの取り組みが、「貧困な福祉観」につながっている可能性があります。できない事柄を強調すると、障害を持つ人を弱者とみなし、健常者を強者と認識させてしまいかねません。視覚障害を持つ人が、身体の不自由な人を支援できるように、「何ができるか」に着目することが重要です。知識を短時間で定着させたり、予定調和の結論に収束させたりすると、これらの問題は悪化してしまうでしょう。学習プロセスで芽生えた違和感や異論を封じ込めれば、反発心が蓄積してしまうでしょう。当事者と継続的に交流する機会をもち、支援される人と支援者が固有名詞で対等な関係を築くことで、「貧困な福祉観」を克服してもらう必要があります。

教育はあらゆる社会課題と結びつきます。SDGsにおける17課題、全てのゴールに関連していると言えるでしょう。その中でも「4質の高い教育をみんなに」「5ジェンダー平等を実現しよう」「11住み続けられるまちづくりを」「16平和と公正をすべての人に」の4つを基軸とした体系的なカリキュラムを構築していくことが私たち福祉の専門家には求められています。その際に、持続可能な社会の実現に向けて、子どもたちと共に学び続ける姿勢、すなわち当事者性を変容し続けることが重要になるでしょう。

福祉を学ぶ人へ

福祉教育が持つ豊かな可能性に気づいてほしいと思います。現在、教科「福祉」は高校にしかありませんが、幼児教育、小学校、中学校、そして高校の普通科にも需要が広がっています。ソーシャルワーカーや教員、保護者、地域の大人。立場に関わらず多くの人が福祉教育の知見を身に付け、実践に活かしていく。そうすれば、日本社会が抱える教育や労働、生きがいの問題が少しずつ解決に向かうと信じています。