05すべての子どもたちが健やかに成長するために必要な環境とは?

解に挑む研究者

木村 容子 教授

社会福祉学部 福祉援助学科

Profile
関西学院大学大学院社会学研究科博士前期課程修了(社会学修士)、(米国)コネチカット大学ソーシャルワーク大学院修士課程修了(Master of Social Work)、関西学院大学大学院人間福祉研究科博士後期課程修了(博士・人間福祉)。社会福祉法人愛和会・中筋児童館館長や京都光華女子大学准教授を経て、2013年に日本社会事業大学社会福祉学部准教授。2018年から日本社会事業大学社会福祉学部教授。専門分野は社会的養育、ソーシャルワーク実践モデル。

子どもとその家庭を対象とした法制度の整備や拡充が進んでいます。一方で、サービスを提供し支援を行う自治体や福祉の現場では、それらサービスの運用や支援をどのように展開していくのか新たな枠組みの中で試行錯誤が続いています。すべての子どもが健やかに成長できる社会を目指して、より効果的な支援のあり方や実践モデルの構築を模索する木村先生の研究を紹介します。

#社会的養護#専門里親#家庭支援#実践モデル開発

SDGsアクション

里親委託率が低く、
施設養護が主流という日本の課題

「社会的養護」という言葉をご存知でしょうか。これは、子どもの虐待や貧困といった家庭内の問題によって保護者のもとで暮らせなくなった⼦どもたちや、保護者のいない子どもを社会が受け皿となって一時的に養育する仕組みです。

社会的養護には、家庭養護と施設養護という大きく2つの形態があります。家庭養護とは、家庭に子どもを迎え入れる里親のように、家庭環境のもとで子どもが育てられることです。もう一つの施設養護とは、児童福祉施設をはじめとする施設において、専門的な職員の方によって育てられることを指します。

社会的養護に関して日本で課題に挙げられているのは、施設養護が主流で家庭養護の割合が低い点です。アメリカやイギリス、オーストラリアなどの国々では、里親委託率が70%を超え、家庭養護の占める割合が高くなっています。一方で、日本では20%程度とOECD諸国の中でも低い水準にとどまっています。

各国で家庭養護が優先される理由は、特定の大人からの継続的な愛情とケアが子どもの健やかな成長に欠かせないからです。そのエビデンスは、さまざまな実証研究によって示されてきました。1989年に採択された国連の「児童の権利に関する条約」においても、社会的養護は家庭養育を原則としています。日本では、第2次世界大戦後に戦争孤児となった子どもたちの受け皿が必要だったために施設をつくり、施設養護が中心でした。日本は同条約を1994年に批准しましたが、条約に対応する法制度の整備が伴わず家庭養護への転換がなかなか進みませんでした。2016年の児童福祉法改正によって「児童の権利に関する条約」がようやく法に位置づけられ、「家庭養育原則」が明示され、現在は里親制度等の普及などが促進されています。

実績が限られる専門里親の
実践モデルの開発

家庭で養育されることが重視され、里親養育や家庭支援に注目が集まっています。この分野が専門の私は、2000年代に「専門里親」をテーマに研究に取り組みました。専門里親は、里親の種類の一つで、ケアの難しい子どもを養育します。具体的には、虐待を受けたり非行のある子どもや、障害のある子どもが対象です。専門里親は2002年に創設された比較的新しい制度であるために、制度運用の基盤となる実績がほとんどない状態でした。そこで私は、里親が子どもを養育する際の困りごとや必要な支援のニーズについて調査を実施。その結果を踏まえて、専門里親を目指す人がその能力を高められるような効果的実践モデルの開発に取り組みました。この実践モデルは、里親養育に従事する支援者や里親自身が活用できるものでした。

制度化された「子育て世帯訪問支援事業」の質を高める

すべての子どもたちがより良い養育環境で育つためには、地域における「家庭支援」も重要な役割を担っています。家庭支援の目的の一つは、子どもの虐待やネグレクトを未然に防ぐことです。子どもとその家庭に大きな問題が起こってからではなく、早いうちから育児等について相談に乗ったり、必要な支援をいつでもどこでも切れ目なく行っていくことが大切です。特に私が携わっているのが家庭訪問型の子育て支援サービスです。幼い子どもがいる家庭や保護者自身に病気等がある場合など、自ら相談機関に出向いて支援を受けることが難しいケースも珍しくありません。だからこそ、支援者が直接出向くことが大切なのです。

私は2015年から制度化された家庭訪問型の子育て支援サービスに関する実践的な研究を続けてきました。具体的にはNPO法人で蓄積された「ヒヤリ・ハット事例」を検証。支援者を対象としたヒアリング調査をもとに分析し、事故の未然防止や運営システム全体の改善を目指しました。分析結果に基づき、実践ツールを作成したり研修プログラムを開発したりして、サービスの向上につなげています。2024年6月には、改正児童福祉法により、育児・家事支援を提供するサービスが「子育て世帯訪問支援事業」として法的に位置付けられました。やはり諸外国と比べると家庭支援事業も遅れをとっていますが、日本でも重要性が認識され今まさにその動きが加速しています。

運用が本格化した子育て世帯訪問支援事業ですが、これから実践を重ねて中身の質を高めなければなりません。事業の課題としては、実施主体である地方自治体にノウハウが足りていないことです。当然のことですが、法が整備され枠組みが設けられたものの、活動の実績はこれから蓄積されていく段階です。自治体職員の方には社会福祉に精通されている方が限られており、委託先である民間団体とのやり取りや委託する仕組みづくりにおいて、試行錯誤が続き苦労されていると伺っています。また、実際にサービスを提供する民間団体も、どのような家庭でどんな支援を実施するのか、把握しきれていないこともあります。自治体と民間団体がスムーズにつながれる効果的な子育て世帯訪問支援事業のモデルを構築していきたいと考えています。このように研究実践活動を通じて、福祉に関する各種事業の推進に貢献していきます。

幅広い観点で
社会的養護・家庭支援を捉える

家庭支援は子ども虐待の未然防止だけでなく、社会的養護にあった子どもの家庭復帰後のケアも大きな目的の一つです。子どもの安全・安心を脅かす危険な状況から子どもを保護し、代替的な養育環境で育てる必要があるケースについては、お話した通りです。一方で、親子が離れ離れの状態が続くと、家庭の回復が難しい状況に陥ってしまいます。そのため、親の養育する力を強化したり、家庭が抱える問題を緩和・解決したりして、子どもたちを受け入れ育てられる体制を地域の中に整えることが必要です。地域における家庭支援が今後強化拡充すれば、親子が離れ離れで生活しなければならなくなるような状況を改善できると考えています。

子どもたちが置かれている状況はさまざまです。一人ひとりにとってより良い家庭環境とはなにかを深く考えながら、支援する体制の見直しや、実践モデルの構築を続けていきます。福祉に従事する方々と連携を深めながら、現場に還元できるような研究成果を生み出していきます。

福祉を学ぶ人へ

子どもの虐待や貧困、ヤングケアラーへの支援といったテーマに関心がある方は、本学の学びを検討してみてください。福祉援助学科では児童ソーシャルワーク課程という独自のコースがあり、子ども家庭福祉の現場で活躍するための専門的な知見が得られます。自治体や民間機関・団体における専門職の需要は高まっています。将来につながる学びを、ここで身に付けましょう。