06「農」を通した多世代交流で地域共生社会の実現を

解に挑む研究者

永嶋 昌樹准教授

社会福祉学部 福祉援助学科

Profile
筑波大学大学院修士課程修了(カウンセリング)、日本社会事業大学博士課程修了(社会福祉学)。聖徳大学講師等を経て、2016年日本社会事業大学に着任。2021年から同社会福祉学部准教授。主な研究テーマは高齢者と子どもとの世代間交流、祖父母・孫関係、農的空間の活用による地域連携、農福連携、里孫活動他。

現代日本では核家族化が進み、家庭内で祖父母と孫が接する機会が減少しています。加えて、少子高齢化の影響で子どもを介した地域住民同士の交流も減り、日常で他世代と関わる機会も少なくなる一方です。昨今、厚生労働省では世代・分野を超えて協働し、一人ひとりの生活や生きがいを創出して、地域をつくる「地域共生社会」の実現に力を入れています。その達成に向け、現在の状況下で私たちにできることは何か。多世代交流等を主な専門分野とする永嶋准教授の研究を紹介します。

#世代間交流#農福連携#地域共生社会#里孫活動

SDGsアクション

世代間交流の希薄さが
日本の将来に警鐘を鳴らす

地域の公園で元気に遊び、近所の高齢者の家を気軽に訪ねる子どもたち。通りすがりに挨拶し合う住民たちの姿。今ではこうした光景を目にする機会も少なくなりました。日本では戦後、核家族化が進んだこともあり、世代間の交流は減少してきています。

日本は、世界に先駆けて少子高齢化を経験してきました。出生率は低下の一途を辿り、昨今、4人に1人は高齢者という超高齢社会に突入しています。世間では「老人を支えるために、若い世代が負担を強いられている」など高齢者に対して厳しい声も聞かれます。一方で、現在の日本経済や社会の基盤をつくってきたのは高齢者だということを忘れてはいけません。

これは、今の若い世代が高齢者と関わる機会に乏しく、敬意や親しみを持ちにくくなっているために起こっていることだと考えられます。

現在の日本では高齢者を支援する制度は整えられているものの、そこに高齢者に対するやさしいまなざしは伴っているでしょうか。

法律もシステムも対象となる人々自身がしあわせである状況を考えてつくられてこそ、本来の力を発揮します。しかし、高齢者に冷ややかな感情が向けられている、あるいは無関心である現状では、高齢者への理解が及ばないために本当のニーズを掴みきれず、せっかくの制度も形骸化してしまう懸念があります。

若い世代も年を重ねればいつかは高齢者となります。今、高齢者に対して行っている施策は、将来の自分たちにも影響するということを意識する必要があるのではないでしょうか。

未来の日本社会のためにも、私たちは今一度、世代間交流の在り方を見直す時期に差し掛かっています。

研究の原点は祖父に対する思い
相手を気遣う「個」の関係に焦点を

私の専門分野は高齢者福祉や世代間交流です。福祉の道に進んだのは、祖父の存在が大きく影響しています。

幼い頃から、同じ敷地に住む祖父にはよく可愛がってもらっていました。優しく威厳のある姿にいつも安心感を抱いていたものです。

そんな祖父が病魔に倒れたことがきっかけとなり、福祉の道を志すに至りました。

大学院時代にはまず発達心理学の観点から「祖父母と孫」の関係性に着目した研究に従事。しかし、現代では祖父母と孫というより、そもそも高齢者と子どもが身近に触れ合える機会が減っています。昔と比べて地域の人間関係が希薄になっている一因でもあります。そこで、新たに社会福祉の領域で「里孫活動」についても研究を始めました。

里孫活動とは、ある高齢者と子どもとの関わりを疑似的な祖父母と孫の関係性に置き換え、絆を育む活動を指します。

介護施設を子どもたちが訪れる、地域の老人クラブの方々が近隣の小学校行事を見学するといった年数回・集団レベルでの取り組みなら、これまでも日本各地で行われてきました。しかし、それだけで互いに愛着を持てるような関係性にまで発展させるのは容易ではありません。

私が考えていたのは、もっと個人間の交流を活発にできないかということでした。かつての日本社会のように互いの家を行き来し、時に体調を心配し、他愛ないおしゃべりに興じる。そうした「個」と「個」のつながりが自然に発生するような取り組みを目指していました。

世代も分野も超えて
互いに響き合う社会へ

研究を重ねるうちに実感したのは、多世代交流の重要性です。現代社会では、「祖父母と孫」世代だけでなく「祖父母と父母」世代の交流の機会も乏しくなっていると気づきました。

たとえば、せっかく子どもが近隣の高齢者と触れ合おうと思っても「知らない人に近づいてはいけません」と親が遠ざけてしまうケースが、往々にしてあります。親世代の方々が幼い頃には、すでに高齢者と触れ合える経験が少なくなっていたからこそ出てくる言葉でしょう。

世代を超えて、もっと言えばこの多様性の時代において、出身やジェンダーなどにとらわれずに人々が互いを知り、絆を育む社会にしていく必要があるとも考えるようになりました。

「農×福祉」の観点で
新たな地域の交流拠点となる

近年、多世代交流の研究で新たに始めた取り組みがあります。
それが「社大(日本社会事業大学)の農的空間創出(新農福連携)プロジェクト」です。

これは「農」をキーワードにした地域ぐるみの交流活動です。大学が位置する清瀬市には農地が多くあります。こうした地域資源を研究に活用し、子どもたちの食育の場も提供できるなど、さまざまなメリットがあると考え、提案に至りました。

2023年に日本社会事業大学のキャンパスを起点に活動をスタート。2024年には農林水産省の「令和6年度農山漁村振興交付金(都市農業機能発揮対策(都市農業共生推進等地域支援事業))都市農地創設支援型」に採択されました。2026年度まで3年かけてプロジェクトを展開していきます。

現在は取り組みの一つとして、近隣の保育園の子どもたちに植えてもらった作物を学内で栽培中。いずれ園児と地域の老人クラブの方々と一緒に収穫し、学内の食堂で調理・実食する予定です。

他にも構内の中庭の落ち葉を使った堆肥づくり、「農」をテーマにしたセミナーの開催や農業ボランティアの募集など、さまざまなプランを練っています。

最近では学内の除草用にヤギを飼い始めたことにより、新たな交流の輪も生まれています。保育園の子どもたちが見学に来たり、学生や教職員も興味を示して空き時間に様子を窺ったりと、たくさんの方がヤギを囲んで集う様子は大変微笑ましく、憩いの場になっています。

今はプロジェクトを地域に浸透させていくことに注力していますが、やがては、参加者の幸福度や達成感を定量分析し、データの側面からも社会貢献につなげていきたいと考えています。

昨今、厚生労働省では「地域共生社会」の実現を提唱しています。これは世代・分野を超えて人々が協働し、一人ひとりが充実した暮らしを送れる社会を指します。本プロジェクトがその実現に寄与できるなら、こんなにうれしいことはありません。

日本社会事業大学を交流の拠点とし、互いを思いやれるようなコミュニティが形成できるよう、今後も力を尽くします。

福祉を学ぶ人へ

社会福祉を学ぶ皆さんにお伝えしたいのは、主体性、そして「当たり前」を疑う視点を持ってほしいということです。進路選びの際に周囲の意見を参考にするのは構いません。しかし、学びの中でぶれない自分の軸を持ってほしいのです。「なぜ社会福祉を学ぶのか、福祉職に就きたい理由は何なのか、福祉に携わる者としてどうすれば社会問題を解決できるのか」。自分に問い、時に人とは違う視点から物事をとらえてみる。そうすれば自ずと福祉職として進むべき道が見えてくるはずです。