司法の世界に社会福祉の力を
灯し、紡ぐ
Chapter 01
最善の決定につながる努力を
現在のお仕事内容について、お聞かせください。
長野家庭裁判所松本支部で家庭裁判所調査官を務めています。家庭裁判所で扱う事件は2種類に大別されます。家事事件(離婚、親権、面会交流、未成年後見、成年後見など家庭に関する事件全般)と少年事件です。
私たちは事件解決に向け、法律に関する知識のほか、心理学・社会学・社会福祉学・教育学などの行動科学の知識や各種面接技法を活用し、当事者やそのご家族、関係機関等に働きかけて調査・分析した内容を元に、裁判官に意見を提出します。関係者間の調整を行うこともあります。
一見単純に見える事件でも蓋を開けると複雑なケースであることも。たとえば夫婦関係調整調停では紛争中の親だけでなく、子ども本人にも面接しますが、その子の年齢が低すぎる、発達障がいや知的障がいを抱えているなどの理由で意思の疎通が難しい場合があります。また、片方の親に嫌われたくないがゆえに、もう片方の親を故意に悪く言っていることも考えられます。
そうしたときには、子どもの理解力・現実検討力・感受性などを年齢や障がいの有無・種類・程度などの特性、どのような環境にあるかを加味し、客観的な分析・評価をして裁判官に意見を提出しています。
どのようなときにやりがいを感じますか。
家事事件であれば、家庭内の紛争が解決し、当事者やその家族が安心して暮らせるようになったとき、少年事件でいえば面接や教育的措置の結果、当事者が二度と非行に手を染めないと意思を固め、未来へと歩んでくれたときです。
当事者の人生の岐路に立ち会う瞬間が多く、強い責任感を伴う仕事ですが、事件が解決に向かって動き出す瞬間の喜びは例えようもありません。
職務遂行において、心がけていることがあれば教えてください。
家庭裁判所は決定機関なので、当事者と関わるのは基本的に決定等を出すまでの短期間(数ヶ月~1年ほど)です(施行や援助は、児童相談所や福祉事務所、少年院など他機関の職務であり、家庭裁判所は直接的には関与しません)。実際に事件当事者と面接を行う機会はあまり多くなく、関わりを持てる機会は非常に限られています。
その中で、いかに公正で当事者が納得いく、もっと言えばその後よりよい生き方ができる判断につなげられるか、いつも試行錯誤しています。
決定等を出す側だからこそ、一方的にならないよう、客観的な視点と当事者への配慮を忘れずにいたいものです。また、目先の支援にとらわれず、事件当事者の自立を促すような働きかけが大切です。
これらは日本社会事業大学で、社会福祉について学んだからこそ得られた考え方だと思います。
恩師の熱き言葉を胸に灯し、紡ぐ Chapter 02
福祉職としての在り様を 心に刻んだ4年間
福祉職としての在り様を 心に刻んだ4年間
なぜ、日本社会事業大学を進学先に選んだのでしょうか。
介護に苦しむ家族を支えるために、家庭・地域一体となった包括的なケアができる職種に就きたいと考え、多様な社会福祉の学びにふれられる日本社会事業大学に入学。福祉援助学科の介護福祉コースに進み、高齢者、障がい者の支援について専門的に学ぶとともに、幅広い社会福祉の素養を培いました。
社会福祉は法学・心理学・医学・社会学などさまざまな学問を内包している分野です。社会福祉士の教育プログラムなどを通じ、大学でしっかり学んだことで、各学問への興味や幅広い知見・視野を持てるようになりました。これらの素養は、多角的な調査・分析を行う現在の仕事に役立っています。
また、児童相談所や教育機関などの職務内容を知り、関わりのある法律にふれていた経験が、現在の関係各所とのスムーズな連携につながっています。学んだことがダイレクトに生かせており、日本社会事業大学に進学してよかったと感じます。
大学時代の学びで印象に残っているものがあればお話しください。
大きくは二つあり、一つは法学の授業です。成年後見制度について学ぶ中で、裁判所が子ども、高齢者、障がい者等の権利擁護、少年の健全育成、家庭内紛争の解決など、さまざまな場面で重要な役割を担っていると知りました。
大学では高齢・児童・障がい・家族・地域と多岐にわたる分野について学んでおり、これらの知見を生かせる家庭裁判所調査官を目指すことに。「こんな道があるのか!」と社会福祉の進路の多様性に、はっとする思いでした。現在の道に進むターニングポイントと言えるかもしれません。
もう一つは各種実習です。介護福祉士の実習では毎年、近隣の介護施設に行き、そこで見つけた課題や実習のテーマごとにグループを組んで成果を発表する「実習報告会」を設けていました。現場の実情を知り、似たような壁にぶつかった仲間同士で情報・意見交換することも。一歩踏み込んだ学びができていたように思います。
また、社会福祉士の実習で福祉事務所に通っていたときには、精神疾患や引きこもりなどの課題を抱え、生活に困窮している方々のお宅を訪問してお話を伺うなど、現在の業務に近い経験もできました。この実習を通じて進路がイメージしやすくなったり、社会福祉士の国家試験の勉強で試験問題の意図がより明確に読み取れるようになったりと、介護福祉士の専門的な実習とは別の収穫が得られました。
多くの成果があったのですね。印象に残っている先生の言葉があればお聞かせください。
ある先生の「(福祉職は)他人の人生に土足で踏み込んでいる」という言葉が印象に残っています。必要な支援のためとは言え、相手について調べ上げ、人生に介入する。「社会福祉士」の資格はある意味、その許しを請うものなのではないかと、つくづく考えさせられました。特に現在の職務においては、当事者に対し強制力を発揮しなければならない場面があり、いっそう寄り添う姿勢が必要なのだと痛感します。
コースの実習の振り返りなどで「自立とは」「人権を守るとは」「当事者の尊厳とは」という問いを投げかけられたこともあります。「その介護施設で当然とされているルールは誰にとっての当然なのか。運営者側の負担減だけ考えているに過ぎず、利用者の抱える根本的な問題の解消には役立っていないのでは。便利な機能のついた浴槽も、自分で体を洗いたい利用者の自立を妨げ、尊厳を傷つけている場合がある」 滾々 と諭されました。
社会福祉の知見や実習での経験はもちろん、先生方がおっしゃっていたこれらの言葉は、家庭裁判所調査官としての私の在り方に大きく影響を与えています。
福祉職として大切にすべき、人に寄り添う姿勢が身につけられたのは、こうした母校の教えがベースにあってこそ。おかげで、当事者との信頼関係構築や事件解決に寄与できていると感じます。
変革への新たな挑戦に
意欲を灯し、紡ぐ
Chapter 03
社会全体の幸福を叶えていく
今後の展望を教えていただけますか。
現在は家庭裁判所調査官として、ケースの調査・分析に100パーセント注力していますが、いずれは家庭裁判所、ひいては裁判所組織全体の政策や企画の立案などにも携わりたいと考えています。
今後は管理職、幹部職員となっていくこともあるでしょう。行く先々でもこれまでと同じマインドで事件解決に力を尽くすとともに、より大きな枠組みの中で社会福祉に貢献できるようになれれば幸いです。
秋葉さまの目指す福祉のリーダー像とはどのようなものでしょうか。
目の前の困っている方々を最優先に考え、解決に向けて最大限努力する方々みなが、福祉のリーダーです。
職場はもちろん、大学時代の同期や先輩、後輩。年次を問わず、周りにはそうした人々が多くいて、誇らしく思います。卒業後、10年を経た今も同窓会などで友人たちの近況を耳にします。「悩みながらもみな頑張っているのだ」と心強い限りです。これからも励みにしていきます。
Message
日本社会事業大学の魅力は、先生方との距離がとても近く、同じ志を持った学生が多い点にあります。私自身、周囲の福祉への思いの熱さ、人に対する優しさをひしひしと肌で感じた大学時代を過ごしました。
福祉の仕事に就けば、単なる「人助け」とは違うさまざまな困難が立ち塞がります。熱い指導者や仲間たちと共に困難に立ち向かえる環境は、福祉の道に進もうと考えている方にとって、貴重な学びと成長の場となることでしょう。皆さんが大学で過ごす4年間の先に、ご自身の力を最大限に発揮できる道を見出せるよう、心から願っています。