孤独に悩む人々に安らかな心を灯す Chapter 01
安心をもたらせる拠点づくりを
ご自身の運営されている「ゆずりは」の事業内容についてお聞かせください。
「ゆずりは」では、社会的養護を受けた経験を持つ方々のアフターケアに焦点を当てた活動を展開してきました。社会的養護は18歳(場合によっては20歳)までに受けられ、以降は保護の対象から外れ、自立を余儀なくされます。
成人するかしないかの年齢で、一人で生き抜く覚悟を持てるでしょうか。彼らが抱える孤独感やプレッシャーは計り知れません。虐待などの辛い経験がフラッシュバックし、苦しむひともいるでしょう。
現実的な問題として、身元を保証し、経済的に援助してくれる親族がいないため、職に就きにくく住む場所に困窮するといった事態に陥ることもままあります。
就労先に困って風俗産業に務め、借りてはいけないところから借金する。 一生懸命働いていたのに、病気やケガ、人間関係をうまく築けないなどの理由で離職せざるを得ず、家賃が払えなくなってホームレスになるパターンも。
心身の安定を図るために何かに依存してしまうケースもあります。異性に依存した結果、DVを受けても声を上げられなかったり、望まぬ妊娠をしてしまったり。アルコールや薬物への依存に悩んでいる場合もあるでしょう。
結果、世の中に絶望して自死を選ぶ、あるいは犯罪に手を染めてしまうひとも少なくありません。
ただ、そうした人々と関わり続ける中で、何も困窮しているのは社会的養護を経験している場合に限らないことに気づきました。現在は支援対象の幅を広げ、生きづらさや心に傷を抱えた方々の相談に広く対応しています。
相談者とともに問題を考え、整理し、必要な手続きを行う個別相談・伴走サポート以外には以下のような活動を行っています。
誰もが安心して時を過ごせる居場所づくり、人とのコミュニケーションに不安や困難を抱える方とジャムを製造する「ゆずりは工房」の運営、高卒認定資格などを取得するための学習会の無料開催、虐待に至った保護者へのサポートプログラムの実施――。
現在は、緊急性の高いSOSに応える事業として、帰る場所のない方に向けた宿泊機能を備えた施設の運営なども計画中です。
どのような経緯で現在の道に進まれたのでしょう。
私は大学卒業後、すぐに福祉の道に進んだわけではありません。お菓子づくりなど自分の興味のあることを生業にし、ふらっと外国を放浪するなど気ままな人生を送っていました。
散々好きに生きつつもずっと心の片隅にあったのが、大学時代に実習でお世話になった自立援助ホーム「あすなろ荘」です。そこには中学卒業後から20歳前後の若者たちが暮らしており、彼らと懸命に向き合いながらも朗らかな職員の方々に感銘を受けました。
ありがたいことに「亜美さんは、この仕事に向いていると思う」と職員の方に声をかけていただいたのですが、自分にはとても務まらない尊い仕事だと思い、あえて福祉の道には進みませんでした。それでもずっと、心のどこかにその言葉が残っていました。
「やはり福祉の道に進みたい。働くなら絶対にあすなろ荘だ」。そう考え、施設に頼みこんで入職したのが29歳のとき。そこから9年間働き、2011年にあすなろ荘を運営する法人のもとアフターケア相談所ゆずりはを設立、所長に就任しました。
ゆずりはを設立したのは、あすなろ荘を出た多くの若者が経済的・精神的困窮を強いられている姿を目にし、何とか彼らの支えになりたいと活動を始めたことがきっかけでした。働きに出ていてもあすなろ荘に帰ってくれば相談できる仲間がいたのに、一定の年齢になると、施設から出て自立しなければならない。彼らの負担は相当なものだと感じました。やがてあすなろ荘を出た若者が自分だけでなく、周囲で同じように困っている方々を連れてきてくれるようになりました。自分の施設を頼れないひとたちの存在も目の当たりにし、私は彼らがいざというときに頼れる、心のよりどころとなれる場所をつくりたい。そんな思いが芽生えていきました。
問題が起きても頼れる場があるということは、若者たちが安心して生きていくための支えとなり、日々の励みにもなります。誰かに頼ることは「甘える」「迷惑をかける」ことだと思い込んでいるひとは少なくありません。しかし、早期に相談してもらえることで、退所後に起こりうるさまざまなトラブルも未然に防げるなど、よい循環も生まれます。遠慮なく頼ってくれればいいのです。
気づけば、相談者の数は年間800人を超えるまでになりました。
現在の道の原点となる学びを灯す Chapter 02
社会的養護の重要性を 身を以て感じた実習の日々
社会的養護の重要性を 身を以て感じた実習の日々
大学時代の学びで印象に残っている学びについて教えていただけますか。
やはり「あすなろ荘」での実習です。当時、入居者はもちろん、そこで働く方々も生き生きとしていたのが印象的で、ここで学べてよかったと実感したものです。職員の方々が私たち学生と対等なコミュニケーションを心がけてくださったおかげで、臆せず自分の意見を述べることができていました。当時のホーム長は現在、法人の理事長を務めていらっしゃっていて長い付き合いになります。あの頃から私を一人前の大人として扱ってくれたことは、今の私の人との向き合い方にもつながっていると思います。
また、ここでの一人の少女との出会いが、私に大きな気づきを与えてくれました。実習の課題で入居している子どもたちに「施設に入って一番うれしかったこと」についてインタビューしたときのことです。私は「暴力を振るわれなくなった」「食事の心配をしなくてすむ」といった答えを想像していましたが、彼女は意外な答えを口にしたのです。
「靴下を履かせてもらったのが超うれしかったんだ!」と。
日常の何気ない一コマなのに何がそんなにうれしいのだろう。最初はピンときませんでした。
「施設に来て初めて『こんなガサガサのかかとで......』って職員さんがかかとにクリーム塗って、靴下を履かせてくれたの。それがうれしくて......」。
靴下を履く動作自体は何気ない日常の一コマに過ぎませんが、そこに自分を気にかけてくれる人の手が介在したことに、彼女は大きく心を揺さぶられたのです。
家族でなくても、誰かが自分のことを大切に思ってくれる。それがこんなにも心の支えになる。このとき初めて、社会的養護や社会福祉の大切さを実感しました。今の私の原点とも言える出来事です。
さらなる支援の輪をと願いを灯す Chapter 03
理想の社会へと共に走る
やりがいを感じるのは、どのようなときでしょうか。
ゆずりはで出会えたひとたちに、穏やかさや柔らかさを感じられるようになったときです。最初は心身ともに疲弊していたひとが会う度に少しずつ身なりを整え、家を掃除し、これが食べたい!とリクエストしてくれるようになる。自分に手間をかけ、素直に希望や欲求を言葉にし、人生を楽しめるようになった姿に触れると、自然とうれしさが込み上げます。
支援を行ううえで、心がけていることを教えてください。
私たちが支援しようにも、支援を必要とする方々自らが「変わりたい!」と思わなければ現状を変えることはできません。相談者の中には、自分の思いを受け止めてもらえず傷ついてきた経験から、私たちに辛辣な声を投げかけ、気持ちを試すように行動するひともいます。本来、支援する側・される側に上下関係はありません。互いに対等な立場でありたいです。ゆえに、フラットなコミュニケーションを図るよう意識しています。息の長いサポートのためにも、互いに楽しく安心していられる関係づくりを心がけています。
今後の展望を教えていただけますか。
大きくは二つあります。
一つは、志を同じくする仲間たちと支え合っていくこと。2018年に、有志の仲間とアフターケア事業全国ネットワーク「えんじゅ」を設立しました。全国のアフターケア事業所の中には、資金面を含む運営面で苦慮している団体も少なくない。ネットワークを築くことにより、励まし合って活動していきたいという思いがあります。また昨今の児童福祉法改正で、アフターケア事業は「社会的養護自立支援拠点事業」となり、サポートの対象が社会的養護の経験の有無では括れなくなりました。各団体がそれぞれに培ってきたノウハウを共有し、ともに学び、つながっていくネットワークを広げていきたいです(えんじゅは、2024年より「親や家族に頼ることができない人たちをサポートする団体の全国ネットワーク」に団体名が変更になりました)。
もう一つは、活動に就労の場や利益を生み出す観点も加えていくということ。ずっとソーシャルワーク、ケアワークに力を入れてきましたが、長期的な活動には財務面の強化も必要であると考えたからです。たとえば、相談者の方々や地元の農園と一緒に、ゆずりは工房でつくるジャムの原料となる果物を育ててみたり、福祉施設などに飾る花々を栽培してみたり。雇用を生み出せるほか、土に触れることで傷ついた人々の心を癒やせるなど、心理的なメリットも期待しています。
目指すは誰もが安心して暮らせる社会。一人で悩んでいたひとたちが福祉業界に限らず多様な人々との関わりの中で「楽しい」「安心」の気持ちを持てるよう、力を尽くせれば本望です。
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日本社会事業大学には面倒見のよい先生が多く、卒業後30年近く経った今も数人の先生方と交流が続いています。「元気か」と声をかけてくださったり、講演依頼に応えてくださったり。大学時代はかなり自由闊達な学生で、臆せずに「こう思う、こうしたい」を言う私でしたが、いつも温かく見守ってくださっていたと思います。職員の方々とも忌憚なく話せる環境で、懐の深さのようなものがありました。入学を希望される皆さんにもぜひ、自分の興味の赴くまま、学生生活を楽しんでいただきたいです。